私の眼日記 ⑩ 白内障編2(+おまけ)
- 2019.07.09
- メガネの金剛
読者の皆様、いかがお過ごしでしょうか!?
6月後半から7月初めは鬱陶しい梅雨の時期です。
貴重な晴れ間の日は、有効に使いましょうね。
さて、前回までのあらすじです。
左眼の網膜剥離術後の定期検診と花粉症の目薬を頂いていたかかりつけの眼科の先生に言われた「白内障」と言う診断。
なかなか自分で受け入れる事が出来ず、処方して頂いた目薬の点眼をしたり眼鏡レンズの度数交換を頻繁にしたり、眼を守るための特殊カラーや見え方のコントラスト感度を上げるレンズオプションを付けたり…。
それに加えて自分自身で「ルテイン」や「ブルーベリー」のサプリメントを摂取したりして…
約2年位は、だましだまし手術する事に抵抗しながら生活を送っていました。
そうこうしているうちに近視度数はどんどん進行し、眼鏡矯正しても視力がそれほど上がらなくなっていきました。
特に夜間の運転中が見えにくく、前を走っている車のテールランプや対向車のヘッドライトの光が1つに見えず、ダブって花火の様に広がって見える事が多くなりました。
前回の記事の最後に告知していた、白内障の手術に踏み切る気持ちになった事件・・・
それは知り合いの方を助手席に乗せて駅まで送っていこうとしたある日の夜、他府県のあまり通行したことのない道を運転していた時でした。
横断歩道を愛犬と一緒に渡っていた男性に気付かず、隣の方がビックリして
「危ない!!前に人がおるで!!」
と大声で教えてくれて間一髪、手前で停車できました。
歩行者には
「危ないやろ!前、見とんか!!」
と大声で怒鳴られ、「すみません」と頭を下げて再び車を走らせましたが、
「これはこのままではあかん!早く手術して治療せねば・・・」
と思った瞬間でした。
一人になった帰り道の運転も非常に神経を使い、わざと人の多い繁華街を通らず、人通りのない山越えをして和歌山県に戻ってきた夜でした。
(その山越えも車1台が通れるかどうかという崖のような道で後から後悔はしましたが・・・)
そんな事件があって白内障手術をする決心がついた私は早速、和歌山市内のかかりつけの先生に自宅近くで入院施設のある市民病院に紹介状を書いて頂きました。
その病院を私が指定したのは、まず母親が私より1年位前に白内障手術を受けていた病院である事。
そして私の場合、両眼共強度近視でその近視を減らす目的で片眼ずつ手術した場合、左右で度数の差があり過ぎて動き回るのに不都合が出るという事情がありました。
そういう訳で日帰り手術の眼科でなく、入院設備の整った病院で1週間以内に両眼とも手術を終了して退院出来る所という条件を満たしている必要があったのです。
紹介状を持ちその市民病院の外来にて診察を受け、手術の予約が取れたのは第1回の診察を受けた日から約3ヶ月位先の梅雨の時期の6月位と記憶しています。
その外来受診日からは、術前マニュアルに沿った目薬の点眼と術前の検診、
そして同じ時期に入院・手術される患者さんが病院の会議室のような一室に集められ、術前説明会が開かれました。
私の勤務している会社にも手術の為に休暇を申請し、各店の応援シフトも組んで頂き、手術への準備は着々と進んでいったのでした。
一番気がかりだったのは、過去に大変な思いをして治療した左眼の網膜剥離のあと、再び白内障手術をしても手術の難易度は上がらないかという事、眼の中の組織の変化が手術による影響で再発しないかという事でした。
その件に関して先生の見解は、網膜剥離の手術は目の奥でしっかり冷凍凝固とバックリング法で処置され落ち着いている上、白内障による水晶体超音波吸引及び眼内レンズ置き換え術は前眼部の処置なので心配はないと言う診断でした。
その先生のお言葉により、気持ちが落ち着いた事を覚えております。
ただ、その後の手術日が迫ってきたと言う時に、また私が失態をやらかしてしまったんです((^^;)
その時期は、術前の内科的な検査や健康診断を受けたりして手術を受けても問題ないかどうかの診察も終わり、いよいよあとは入院の日を待つのみという段階に差し掛かっていた時でした。
こともあろうになんと・・・
結膜炎になってしまったんです (>ω<)
術前説明会で術中のリスク要因の説明を聞かされていた私は、細菌等の混入による眼内炎等の失明に至りかねない重篤な合併症もありえることに神経が過敏になっていたことがあり、執刀して下さる先生の外来受診日に
「結膜炎の細菌による眼内混入で合併症は、起こる可能性はあるのでしょうか?」
とご相談してみたところ
「普通は滅多に起こらないが、君がそんなに心配なら万が一に備えて手術を延期して予約を取り直してもいいよ!」
と言って下さいましたので、
「やはり自分の身体は一つしかないので100%安全でないのならリスクのない方法を取ろう!」
と決断し手術はまた振り出しに戻って延期され、約3か月後のお盆を過ぎた頃になってしまうのでした。
勤務していた店舗の店長・スタッフを始め、シフト調整して下さっていた社員の皆様、会社の幹部の皆様に多大なご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
でも、私にとってはこれまで色んな辛い思いをして何とか守ってきた自分の目を大切にしたい気持ちは大変強く、いい加減な状態で手術を受けたくありませんでしたので、その時の心情をどうかご理解頂きたく思います。
事前の術前説明会で、術後しばらくは眼に汗が入らないようにしなくてはいけなく、洗顔や洗髪もできないと説明を受けていましたので、夏の時期の手術は避けたいという計画でしたが…。
世の中そんなに甘くなく、しっかり夏の時期の手術になってしまいました(-_-;)
自分の体調管理が悪かったので仕方なく予約日までを悶々とした気持ちで過ごしていました。
3ヶ月と言う待機期間は、長いように思えて実際は思いのほか早く、梅雨が終わったと思ったら世間では夏休みになり、私の再予約の手術の日もあっという間に近づいてきました。
前回と同様に、術前の身体の情報収集の為の健康診断・術前に行う減菌用の目薬を毎日規則正しく点眼し、あとは入院日を待つだけになりました。
夏のお盆が終わった頃、そして、いよいよ入院の日がやって来ました。
入院スケジュールは、手術をする前の週の土曜日に入院手続きを済ませ、その後一旦自宅に戻って外泊。
次の週の月曜日から本格的に入院・術前最終検査・片眼手術
一日置いて他眼手術・両眼の術後検査
許可が出たら退院手続き
その週の土曜日に退院という流れです。
以後、外来にて定期検診になります。
参考までに私が受けた白内障手術に関しての実際のスケジュールを掲載しておきます
それと、手術における点眼薬の種類等を参考までにご紹介しておきます
今回のお話は、私が白内障と診断されて入院する迄の途中で起こったアクシデントや、その途中の落ち着かない気持ちを記事にまとめてみました。
以前に眼の手術を体験していても何十年と言う年月が経ってしまっていたので、やはり「眼の手術」と言うと怖くもなり誰しも嫌な気持ちになると思います。
今回の記事の白内障手術の方が最近の出来事のはずなのに何故か記憶が曖昧なので、思いっきり記憶を振り絞って思い出します。
網膜剥離手術の時の方のストレスが大きすぎたのでしょうか…。
白内障手術のほうはやや記憶が飛んでしまっております。
次回は、入院から手術・退院までの日々の様子を綴ってみたいと思います。
では皆様、次回の記事までお楽しみに・・・(=゚ω゚)ノ
おまけ 趣味の無線近況報告 ヾ(@⌒―⌒@)ノ
ここ最近の記事で書く機会が無かった私の趣味(無線)について少し書いておきたいと思います。
さて以前の記事でもお話させて頂きましたが、試験の必要なアマチュア無線の運用ではなく、私の様な特に資格を持たずに楽めるフリーライセンスラジオを楽しむ無線家の人々(フリラー)。
そのフリラーが一年の中で最も楽しみにしている季節(大体5月半ば~10月半ば位)がやってきました。
【おさらい】
CB【市民ラジオ】無線」で使用する27MHz帯の周波数は「短波帯」と呼ばれ、電離層(お空の上にできる電波を反射させる層)反射と言う電波の異常伝搬を利用することが出来ます。
この層は上空約100km付近に局地的に発生する電離層を通称「Eスポ(スポラディックE層)」利用し、うまく電波が反射できれば1000kmを超す、超遠距離交信も可能になるのです。
日本の四季の中では5月~9月に発生する率が高く、CB無線を楽しむには初夏から夏の終わりが一番活気づきますし、無線機の売買も盛んになります。
さて、今年は私もこのEスポと言う電波の異常伝搬を利用して、遠距離交信を体験することが出来ました。
これまで、受信はできていても交信は未体験だった沖縄県の局や北海道に移動して無線をしている局ともお話することが出来て感激しました。
同じ趣味の方なら出来るだけ自分の運用から遠距離の無線局と交信したいと言う気持ちは皆さんお持ちだと思います。
あまりの嬉しさのために、かなり古いSONY製ハンディ型CB無線機(ICB-87R前期型)の中古品を買い増ししてしまいました。
発売されてかなりの年月が経っていますが、まだまだ人気の高い機種なんです。
今年は、この機種で私の地元和歌山県&勤務地近くの大阪府河内長野市の山の中腹から北海道移動局に対して交信に成功しています。
もちろん以前から所有しているナショナルのハンディ機と据え置き型ポータブル機に関しても今年も活躍してくれていますよ(^^♪
現在この記事を書いている2019年6月は、電波の強い日、弱い日はあるものの、ほぼ毎日このEスポが発生して、日本全国のCB無線家が活発に電波を出していますので、8チャンネルの割り当てしかない周波数帯はどこも色んな都道府県の局長さん達からの声が混じり合って何が何だか分からない位、混信しています。
電波状態の良い日には海外からの電波が、何語か判らない交信さえも入感しています。
この無線局には通常、私たちの様に規定内の出力で電波を出している合法局、それに反して特殊な設備を併用して意図的に電波の出力を上げて強力な電波を出している無線局もあり、俗に違法局と呼ばれています。
通常は、合法局での運用が当たり前なのですが、海外製の無線機などを使って、送信出力が大きいと私達合法局の無線交信に電波音声を被せてきて妨害を与えている事が多いのです。
この違法局、実際に聴いてみますと電波の異常な強さやエコーがかかったような独特の口調・音声で話されていますので、合法局との違いはすぐに見分けがつきます。
電波管理局がきっちり取り締まって下さればいいのですが、現実はなかなか追いつかず、野放し状態です。電波の世界でも弱肉強食の状態となってしまっています (+o+)
私のここ最近のCB無線機でのこのEスポ伝搬を利用しての交信ログノートを見返してみます。
やはり、五月のゴールデンウィークの頃からが一番このEスポ伝搬が活発になり始めていました。
本当は、動画等でこの様子を見て頂くと、電波の伝わり方の様子がご理解頂きやすいのですが、相手の局の方の同意が必要ですので、なかなか安易にネット上には公開できないのが残念です。
(コールサインは個人情報の関係で割愛させて頂きます。最後に記載しているのは、その時に使用した機種の名前です)
5/19 沖縄県局(RJ-410)
5/23 岩手県局・山口県局・秋田県局(SR-01)
5/31 北海道移動局(ICB-87R)
6/1 北海道移動局(ICB-87R)
6/9 新潟県局・岩手県局・福岡県局・秋田県移動局(ICB-87R)
(移動局とはいつもその場所で無線局を常置されているわけではなく、仕事や観光などの理由でその土地を訪れてその場所から無線の電波を出されている局を指します)
まだまだ、10月ぐらいまでこのEスポシーズンは楽しめます。
読者の皆様もご興味がございましたら、始められてはいかがでしょうか!?
では、今回の記事も大変長くなりましたが、最後までお読み下さり有難うございました。
また次の記事まで、お楽しみに・・・(@^^)/~~~
私の眼日記 白内障編の記事はこちら
白内障編 2 (今回の記事)